仕事仲間の声

当社が業務やその他活動を通して関わってきた方々のコメントです。


  • 高松 小西智都子さん
  • 高松 岡哲男さん
  • 東大阪 平井義郎さん
  • 水都大阪 伴一郎さん
  • 水都大阪 澤田裕二さん
  • 北浜テラス 山西輝和さん
  • 柏原 桝谷政則さん
  • 土井幸平さん

Roots Books代表/「せとうち暮らし」編集長 
小西智都子さんに聞きました。


Q 泉英明にキャッチコピーを付けるとしたら?

「愛でほんろう、なにわのペテン師」
※注/高松で一緒に活動していたコピーライターが、泉さんのために本当につくったコピーです。

泉英明との出会い
 初めて会ったのは、もう10年以上前ですかね。当時、私は新聞社のフリーペーパーを作る部署でエディトリアルデザイナーとして働いていました。ちょうどその頃、中心市街地活性化を目的に「TMO高松」が立ち上がり、知人に頼まれて、“商店街を利用する20代の一人”として、商店街関係者との懇談会に参加しました。その時、石関さん(当時の泉さんの上司)のアシスタントとして来られていたのが泉さんでした。第一印象は、とにかく「声も身体もデッカイ人だな」と(笑)。


既存の「まちづくり」に疑問を感じて
 懇談会の参加者は、主に主婦グループや消費者団体、PTAなど、“○○の長”という立場の人が大半。たぶん20代は私と泉さんくらいだったと思います。当時は、商店街のことを考える集まりなのに、リアルにまちで遊んでいる若者がいないことに、少し違和感を感じていました。まちがどうあるべきか、難しい議論ばかりが繰り返されることもちょっぴり窮屈だった。そんなわけで会合が終わると、泉さんとビール片手に、「本当にまちを使っている人がもっと参加できる場があったらいいのに」というようなことをよく話していましたね。
 やがて、議論だけじゃなくて実際にやってみようと、懇談会の中から「まちなか応援隊」というグループができました。オープンカフェをやったり、ストリートライブを開いたり、そのうち「空き店舗を使ってTMO活動センターを作ろう」と盛り上がったんです。ところが、2年がかりでようやくセンターが完成した頃には、活動は一段落していて。忙しい中でモチベーションを継続するには、「こうあるべき」だけでは続かない。熱心な人ほど“燃え尽きちゃった”んですね。そんな中、一番サボってた私が最後に残ってしまい(苦笑)。空っぽの箱にどうやったら人が集まるのか。まずは「ここで何かしたい人を集めよう」とおっかなびっくりで提案したのが「まちラボ」でした。


気づいたら「まちラボ」
 「まちラボ」は、「まちづくりラボラトリー」の略。“まちの実験室”という意味が込められています。“まちづくり”にとらわれず、とにかく“まちのキーマン”と呼べるような面白い人たちのリストを作り、「オモシロい!と思ったことを持ち寄って実験できるたまり場をつくるので来てください」と、一人ずつ会いに行きました。その間、ずっと泉さんも同行してくれて、最初は「まちづくりなんて大嫌い」と公言していた私が、泉さんに巻き込まれ、気が付いたら活動を楽しんでいましたね(笑)。結局私も、自分では否定しながら、心の奥底では「何かやりたい」と思っていたのかもしれません。人の気持ちを見抜くセンスというか、タイミングを逃さないというか、そういうところ、泉さんはすごいなぁと思います。


愛でほんろう、なにわのペテン師
 そんな彼に、友達のコピーライターがあるイベント企画で「愛でほんろう、なにわのペテン師」ってキャッチコピーをつけたことがあるんです。“ペテン師”などというとマイナスイメージかもしれませんが、まちに関わる仕事は、机上で描いた通りに割り切れるものではなくて、ある種の“確信犯=ペテン師”のような存在が必要だと思うんです。最後の最後に背中を押してくれる人というか。そういう意味では、泉さんはかなりの辣腕(笑)。そして私が泉さんのセンスを信頼できるのは、泉さんの「街観(まちの見方)」に共感できるからなんです。それは「人間観」と言ってもいいかもしれない。彼がこれまで、人とどう接して、どうまちと関わってきたか。「まちから大事なことを教わった」という自覚が、泉さんの中には根付いている気がします。だから絶対にまちを舐めないし、人を舐めない。いつも真剣にまちと向き合っているからこそ、周りの人は笑顔で彼に巻き込まれるんじゃないでしょうか。


プロフェッショナルとして
 まちは一つのシステムみたいなもので、取り扱い方法やツボがあると思うんです。それをわかってやるか否かで、社会的なアクションになることもあれば、単なるサークル活動で終わってしまう場合もある。まちラボ以前に私が知っていたまちづくりの専門家たちは、“仕組み”の話しかしない人、もしくは“アイデア”しか言わない人が多かったのですが、泉さんはその間を繋いでくれた人ですね。自分たちのアイデアをどう進めれば、カタチにできるか。その方法を一緒に体現してくれたのが「まちラボ」。今から思えば、まちとの関わり方を学ぶ“苗床”のような場だったと思います。ここで活動していた人たちは、その後事業を興したり、瀬戸内国際芸術祭をはじめ各所のまちを使って面白がる活動に関わっていきました。


高松のビジョンづくり
 「まちラボ」を始めて4年目、「高松って個々の活動は活発だけど、まちのグランドデザインがないよね」という話になって、泉さんをコーディネーターに「高松まちなかビジョン」という提言書をつくりました。
 集まったメンバーは、マーケティングのプロ、マスコミ関係者、歴史の学芸員、街の呑み助、オフィスビル専門の不動産業者、県や市の職員、大学の先生、鉄道関係者など約20人。現場の最前線で働く30代を中心に、「どうして“まちなか”が必要なのか」をテーマに、1年がかりでワーキングを重ねました。そもそも“まちなか”とはどの部分を指すのか、どのような時代背景から“まちなか”が形成されてきて現在どうなっているのかなど、数字的なデータ分析は泉さんに助けてもらって、初めて自分たちのまちを客観的に見ることができました。その上で、メンバーそれぞれがあたためていたアイデアをリーディングプロジェクトとして付記し、高松市や大学、企業の方々に提案しました。それらの多くの提案は現在実現しているかまたは進行中で、その中の案のひとつが翌年、実際に事業化されたんですよ。


「瀬戸内IJUトラベルネット」を手がけ、その先へ
 「高松まちなかビジョン」を機に、香川県と高松市から移住交流に関する委託事業を受託し、平成19年、再び泉さんをコーディネーターに「瀬戸内IJUトラベルネット」を設立しました。当時、2007年問題で団塊世代の移住がブームだったのですが、その流れに乗って、香川県ならではの移住交流モデルをつくろうと4年間取り組みました。事業の一環で創刊した、香川の暮らしを紹介するフリーペーパー「せとうち暮らし」は、事業終了後も形態を変えて、弊社で定期刊行物として発行しています。

 泉さんと言えば、いつも誰かと一緒に汗をかいて、ビール飲んで(笑)。まちづくりの専門家というよりは、むしろ“地元の人より地元人っぽい人”という印象すらありますが、振り返ってみると、コンサルタントとしての結果もきっちり残されているんですよね。「まちラボ」では人材育成を、「まちなかビジョン」では市民の声を行政に届ける手法を、そしてIJUネットでは事業化のノウハウをご指導いただきました。この10年間で学んだことは、住民自らが自分のまちのことを考え、アクションを起こしていくことの大切さ。きっとオモシロいまちになるかどうかは、そこに懸かっているんだろうなぁと思います。今後は、もし機会があれば、高松以外のまちで何か一緒にプロジェクトができたら面白いかもしれません。また、次はどんな仕事がしたいか、ぜひ彼にも聞いてみたいですね。


小西智都子
日本で一番小さな県、香川県の高松市にある出版社「Roots Books」代表。
「せとうち暮らし」編集長

高松市で生まれ、商店街で遊んで育つ。
エディトリアルデザイナーとして仕事をするかたわら、
ひょんなきっかけでまちづくりの現場に足を運び、
プロジェクトに携わりながらやがて、
まちづくりに深く関わるようになる。
2010年に出版レーベル「Roots Books」を設立。
地元発の出版物づくりに取り組んでいる。


小西智都子


取材・文:2012年5月 楢 侑子