ニチジョー

【勉強会記録】都市再生の25年を俯瞰する~ジェノバからハンブルグまで

2018年3月28日


昨年8月、建築家の太田浩史さんを事務所にお招きしてトークセッションを開催しました。
世界の都市再生研究についてのレクチャーでしたが、ピクニックからホコ天、マネジメントされる公共空間への疑問など多岐に渡る視点が提供された、有意義な会となりました。
当日の簡単なレポートをお届けします。

世界の都市を感覚的に俯瞰する”PopulouSCAPE(ポピュラスケイプ)”

レクチャーの最初に上映されたのは、愛知万博の際に太田さんが関り作成された映像作品「PopulouSCAPE(ポピュラスケイプ)」。
5万人以上が住む、8375都市を夜間飛行するこの作品では、都市人口や人口増加の変遷、空港や鉄道、道路などのインフラが視覚的に表現されています。
単なる都市名や数字の羅列を超えて、大小さまざまな都市の動きを感じられる作品です。

https://vimeo.com/21003350

”社交の場”としての「ピクニック」

レクチャーの中で太田さんが取り上げていた2つの研究対象が「ピクニック」と「ホコ天」です。

「東京ピクニッククラブ」を主催している太田さんは、ピクニックとは”社交の場”だと言います。

ピクニックという言葉の語源はフランス語で、1600年代半ばの文献に「Pigue-nique」という言葉か確認できるそうです。
これは汚い言葉のやり取りで「”死ね”っていうと、”くそたっれ”という」というようなことを意味していて、そこから「おあいこ」→「割り勘」という意味に代わり、「キャバレーで歌ったり踊ったりする割り勘の人たちの集まり」という使われ方をされたことから、”人が集まってなにかをする”という集会の形式を意味する言葉になったそうです。

さらに1802年、フランスとイギリスの和平のタイミングで、ロンドンでフランスかぶれの若者たちが「ロンドンピクニッククラブ」を創設。
彼らは屋内で余興を行い、飲んで踊って社交パーティーを行っていたそうですが、それが外国かぶれの若者たちの愚行ということで、スキャンダルとして注目され、その後定着してゆくことになりました。

当初のピクニックは屋内で行われるものだったようですが、その後、英国のロイヤルガーデンの開放などをきっかけに、
正解的に屋外で実施されてゆくこととなりました。

2002年に発足した「東京ピクニッククラブ」は、社交の場として都市の緑地や共有スペースでのピクニックを追求するとともに、ピクニックをよりクリエイティブに楽しむ様々なツールの開発や、ピクニックセットの収集、「ピクノポリス」などの実験的な試みを行っています。

東京ピクニッククラブには15の心得があり、そこにはルールに縛られすぎず、参加者がみな平等で、その日その場の状況にあわせてクリエイティブに楽しむ社交のあり方が提示されています。

■Tokyo picnic club 15の心得
http://www.picnicclub.org/15rules/index.html

公共のクリエイティビティ「ホコ天」

1980年代の原宿竹下通り周辺の歩行者天国「ホコ天」。
当時学生だった太田さんも、実際にホコ天を歩き、その自由な空気感を体験してきた1人でした。

元は「クールス」と言われる暴走族の少年たちのバイクチームの騒音問題から、バイクを締め出すために一体が歩行者天国とされたことが始まりだったホコ天ですが、1977年の開始から1996年~97年の実験的中止に至る40年間、竹の子族、ローラー族、パフォーマー、バンドブームなど少しずつ形を変えながら、若者たちのカルチャーの発信地として機能し続けていました。

当時のホコ天は誰かが管理していたわけではなく、自然発生的な「自己表現」の場でした。
カフェで気取り、クールに踊り、ロックを歌い、カワイイを身に纏う、というような個々のスタイルを全身で表現する場所であったことが、作り手側だけではなく来街者のクリエイティビティも高めることに繋がっていました。
歩行者天国という公共空間が、人間のあり方をそのまま見せる機能を果たし、原宿のストリートの文化を世界的なコンテンツにまで育て上げることとなったのです。

その点、現代のマネジメントありきの公共空間が、何を生み出せるかは難しい課題だと太田さんはいいます。
文化的クリエイティビティを発露させ「表現の自由の場」となる公共空間であるために、都市には新しい発明が必要なのでは太田さんは問いかけていました。

その一方でホコ天にあった自由は、違法マーケットの横行や騒音、ゴミ、渋滞などの様々な問題にもつながり、1998年には全区間が正式に中止とされます。
ホコ天にはどのようにあれば存続可能だったのか、どのような自主ルールが必要だったのか、改めて議論する必要があるとも太田さんはおっしゃっていました。

ル・アーブル ROYAL DE LUXE(ロワイヤル・ド・リュクス)”空から落ちてきた巨人”

都市の発明、という点で太田さんが感銘を受け「ライバル」と言い切ってしまうのが、ROYAL DE LUXE(ロワイヤル・ド・リュクス)。
フランス・ナントを拠点にする大道芸のチームで、巨大な人や動物の操り人形(ジャイアント)が、その時のストーリーに沿って街を練り歩くパフォーマンスを実施しています。
1993年のルアーブルでの初演を見て、太田さんは衝撃を受けたそうです。

※ROYAL DE LUXE(ロワイヤル・ド・リュクス)については、2017年に実際に体験した泉の記事もご覧下さい。※

フランス ル・アーブル&パリ訪問記

その後、グラスゴー、ジェノバ、リバプール、マルセイユ、などの各地で実施されたこの取り組みは、2017年に再びルアーブルで開催されます。
子どもの頃に初演をみた世代が、親となり子どもと共に再演を見るというように、まちで繰り広げられる圧倒的な文化的クリエイティビティが、
そのまちに暮らす人たちのシビックプライドにダイレクトに結びついていると太田さんは言います。
このような都市を舞台にした文化的発明をを太田さん自身も提案していきたいということでした。

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現代のマネジメントありきの公共空間でどのようなクリエイティビティを生み出せるのか、
という太田さんの問いかけは、普段仕事として公共空間活用などに取り組んでいるハートビートプランとしても重要なテーマだと思いました。
まずは公共空間を自由な表現の場として個人が認識すること、その実践の場を作ること、
そしてその場を継続していくために、適切でやりすぎないマネジメントを行うこと。
公共空間の活用というとカフェやマーケット、といったすでに事例のあるものが実施されることが多いですが、
運営者・来街者の自己表現を通して、そのまちの個性が体現されるような試みを、これからも考えていきたいと思いました。
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