ソノホカ, マチメグリ

フランス ル・アーブル&パリ訪問記

2018年1月6日


バタバタしていて大分時間が経ちましたが、2017年7月に訪問したフランスのル・アーブルとパリ訪問記をアップします!

太田浩史さんに、2017年夏にロワイヤル・ド・リュクス(ジャイアントの人形劇)が十年以上ぶりにル・アーブル(まちの建設500周年)で再演されるから見に行こう!とのお誘いをいただいたのがきっかけで、以前から噂を聞いていて実物を観たかったこともあり、フランス行きを決めた今回の訪問。パリの水辺などの動きも気になっていたのでパリも訪問しました。

 

LeHarve (ル・アーブル)

セーヌ川の河口の港町、ル・アーブル。ノルマンディー地方にある大西洋に面したフランス第2の港町。大阪港の姉妹港です。15 世紀末~16 世紀初めにかけて、アメリカ大陸や喜望峰経由のインドへの航路の大西洋の拠点としてセーヌ川河口が重視され、パリやフランスとともに発展してきた。クロード・モネの出身地でもあります。

1517年に当時のフランス国王フランソワ1世の命により、何もなかった沼地を整備し港と要塞が建設されてから、今年が500周年。軍事と商取引で栄えたまち。第二次世界大戦時のドイツに占領されていた1944年9月5日から6日にかけて、イギリス空軍の猛烈な爆撃を受け、旧市街の大部分が焼失、死者5000人、家屋の破壊12500戸、家を失った者80000人の大被害を受けた。国内第二の港湾を有するル・アーブルの再建は、国家的優先PJになった。

戦災で廃墟になった街の戦災復興を、1945年当時71歳だったオーギュスト・ペレにゆだねられることになり、60人のチームが関わった。「コンクリートの父」オーギュスト・ペレの設計による近代的な新区画が整備される。かさ上げ、区画整理、街並みのボリューム設定や建物から家具のデザインまで20年で復興した。物資が限られ建設コストを下げるため当時なかったRCを採用、6.24mグリッドで規格化。こんな新しいまちが2005年にユネスコ世界遺産に登録された。

欧州では20世紀近代都市計画では初の事例だそうだ。RC造の整然としたまちはあまり地域内外で評価されていなかったらしい。均質化されている割には建物のボリュームや配置が多様で心地いいし、8割が焦土と化した復興でここまでやりきる迫力を感じました。

 

戦災に合った既成市街地、復興当初のまちの姿

 

空間をきめるモジュール、現在の市街地の空間(GOOGLEマップ)

 

海からのGATEとなる対の建物、その真ん中にトラムが通り抜ける

 

オスカーニーマイヤー設計のシンボル的建物Le Volcan(火山)、中は図書館やホール

 

八角形の塔がまちのシンボルとなっているサン・ジョセフ教会

 

まちなかの広場、マーケット

 

コンクリートの横の軸とバルコニーがアクセント

 

世界遺産となっている旧市街を北側の丘から望む、モネも描いた海

 

市庁舎やトラムの夜景、日が長く夜の22時でもまだ明るく深夜にようやく暗くなる

 

ペレの集合住宅の体験ツアーに参加、100㎡弱と広く明るく風が通るし階高も高く住みやすそう、家具にもさまざまな工夫が

 

当時の戦災復興の工夫を永瀬さんの論文からご紹介します。

 

ペレの最終案と8つの原則

1)継承された主要街路と商業停泊区を基準に直交する二つの軸が、一般的な横糸(trame)の基本となる。

2)「横糸」は100m 四方の網目(maille)をなす二つの直交する主要交通網から構成される。

3)各網目は、二次交通網によりさらに二分される。

4)不可視の6.24m の一般的な横糸を基本として、街路線、幅員、街区と建物の寸法が決定される。

5)通りに対して建設されるヴォリュームの配置は、全ての住居(アパルトマン)に最大限の日照、開けた眺望、卓越風からの防護を保証するものでなければならない。

6)建物配置は、同じ街区内の他の建物と同じ要請を考慮したものでなければならない。

7)建物の高さは画一的にならず、5)と6)に関連した、それぞれの場所に応じた条件のもとで決定される。

8)自由地下水との近さを考慮し、道路網は嵩上げすることが望ましい。

 

設計理論

・6.24m のグリッド状の横糸に基づいた寸法。これは鉄筋コンクリートの梁の最適な長さに合わせたものであり、要素の規格化を可能にするとともに、街区の大きさ、さらに通りと自由空地(espaces libres)の大きさを定める基準寸法となった。

・密度、換気、日照の要請に応じて検討された「量塊プラン(plan masse;後述)」に基づいた設計。

・明白な鉄筋コンクリート構造。1903 年ペレ設計のフランクラン通りの集合住宅において初めて導入されて以降、普及するようになったが、現地での資材調達が難しい中、ル・アーヴルで一般化する。

・人工的な装飾や外装を排した調整可能な(プレキャストの)パネルにより構成される、支えのないファサード。

・体系的なルーフ・バルコニー。

・動きのあるヴォリューム、連なりの分節、二階以上の奥まり、異なる高さのすべての床に行き渡る連続バルコニー(balcons-filant)、砂利と鉱物を含んで仕上げられたコンクリートの色合いと質感によって、単調さを免れた建築の配置。

・プレファブ工法とともに普及した、再利用可能な木製のコンクリート型枠の使用。建設費の節約に貢献した

 

※永瀬節冶「第二次世界大戦後のル・アーヴル復興計画再考」2011から抜粋

 

 

ROYAL DE LUXE(ロワイヤル・ド・リュクス)

今回の主目的であり、現地で体験してこれはほんまにすごい!と感動したジャイアントの人形劇。

https://www.royal-de-luxe.com/en/

ナントを拠点にする大道芸のチームで、巨大な人や動物のジャイアントが、その時のストーリーに沿って街を練り歩くパフォーマンスを発明した。巨人は1993年に初めてル・アーブルで公演されてから、フランス以外の世界各地でも公演されている。数日間かけて街を練り歩くのだが、ストーリーは事前に公表されないほか、各日に巡るルートも直前にしか公開されず、限られた情報の中で街の人達やそれを目当てにきた観光客が街の中を大移動することになる。

この右側の人が劇団を主宰するジャン・リュック・クールクーさん、会場に現れるとみんなの拍手がやまない

ジャイアントのいる数日は、何もない平日と比べたら、まちにまったく違う空気が流れている。トラムもメイン会場に含まれるエリアは運行しない、車ももちろん制限されている。まちがこんなことをすべて受け入れていることに驚きだし、それを楽しめる市民性や国民性がうらやましい。普段身近な砂浜や道路や広場が生き生きしたジャイアントの空間となり、人間たちはそれを追いかけて先回りしたりのんびりしたり。

ル・アーブルは7月7日7時7分、水辺で乾杯!!太田さん伊藤さん夫妻と編集者の斎藤さんと4人で。ロワイヤル・ド・リュクスのジャイアントがバック。

 

 

初日7/7は海辺のコンテナを吊り上げるところから物語は始まる、中から男の子が出てくる

 

まちを練り歩き、海辺で2人は出会う

 

2日目、ご飯を食べたり歯を磨いたりおしっこしたり芸が細かい

 

海沿いにマリーナや住宅群を見ながら移動、背後には大型フェリーの姿も

 

3日目、二人は物語の最後の場所に歩いていく

 

追いかける観客、途中で進めなくなりみんな背が高く子どもを肩車しているので前が見えない・・

 

音は聞こえるがジャイアントは見えない、気づいたら航海に旅立っていた

 

以下の地元新聞社のサイトで、当日の様子が動画で紹介されています。

http://france3-regions.francetvinfo.fr/normandie/pays-caux/havre/havre-emouvant-depart-geants-royal-luxe-1295319.html

地元の新聞には毎日特集されていて、まちはロワイヤル・ド・リュクス一色に染まる。2つのジャイアントがいろいろ動くのですべて追いかけることはできないこともあり、新聞をみると全体像がよくわかるし、特に最終日は一番のクライマックスの所が人が多すぎて近くまでたどり着けず、音のみで見ることができなかったが、翌日の新聞をみてなるほど!とまた興奮笑。

 

1日目(7/8新聞)

 

2日目(7/9新聞)

 

3日目(7/10新聞)

 

25年前に初めて巨人はルアーブルに降り立っていて、その時に子どもとして体験した人が今は大人になっていて自分の子どもに体験させている。都市のストーリーの大切な要素になっているし、今回の500周年にあたって市民が再演を強く要望したそう。

ルアーブルでの今までの公演は次のとおり。

 

1993年« The Giant fallen from the sky »        1994年« The Giant fallen from the sky, last journey »

 

1998年« Return from Africa »             2000年« The giraffes’ hunters »

       

2006年« The sultan of the Indies’ visit on his time travelling elephant »  2017年⇒今回

※ロワイアル・ド・リュクスDVD「巨人の神話」、2017年サイトから抜粋

 

最後にクイズ、似てるけどどっちが本物??

 

PARIS (パリ)

パリに到着。暑い!セーヌ川の右岸はホコ天状態で日差しが強いもののゆっくりした時間が流れる。お金はかけてないけど自由な感じ、目の前にクルーズ船がバンバン通っていく。水着の男女カップルと男子カップルも。コンテナショップは豊田の方がイケてるかな。

2017年のパリプラージュ(Paris Plage)は、例年より長期間の7月8日~9月3日が期間だが、今までの写真と何かが違う。そうだ、砂がない!!

噂に聞いていた都市の中の砂浜を体感しようと行ったところ、なぜか様子が違う。いろんな人に聞いたところ、今年はないらしいよとのこと。2002年から砂を提供していたスイスに本社を置くセメント会社ラファージュホルシムとの契約をパリ市が破棄し、初めての砂なしのパリ・プラージュに遭遇した。

その理由は、トランプ米大統領の公約であったメキシコ国境の壁プロジェクトに資材供給で参加する意思を表明したこと、同社がシリアの武力勢力への資金援助に間接的に関与していたことの2点が問題になったかららしい。代替会社を見つけずに砂を無くすという判断がまたすごい。

今年はセーヌ川、ラ・ヴィレット貯水池の2エリアがパリプラージュの会場となっている。下記のような多様なプログラムが期間中に行われていて、水辺で楽しく、ゆったり過ごせる環境が整えられている。

パリの交通や公共空間再編の動きはあまり日本に伝わっていない気がするが、実は様々な取り組みがなされていた。シャンゼリゼのホコテンは2016.5.8からスタート。毎月第1日曜日(美術館無料日とあわせて)、二酸化炭素の削減がミッションとなっている。パリをサイクリングの世界の首都にするため、パリの自転車レーンの長さを倍増、2020年までに自治体幹部サイクリング通勤者5%⇒15%、10000台以上の自転車の駐車スペースを確保する。ノーカーデーは都心部で9月最後の日曜日を実施していたが、実施区域をパリ全域に拡大する。バスシステムの利便性向上などいろいろ。

 

Rives de Seine (セーヌ川)

セーヌ川の両岸歩行者化へのチャレンジ

1967 川岸道路 特急右岸道路 交差点・信号なしの13km、13分でパリを横断!

1996年~ 日曜だけ高速道路を開放

2002~ 夏の1ヶ月だけ高速道路をビーチに(パリプラージュ)

2013~ 左岸歩行者専用化!

2017.4.2 両岸が歩行者専用化!

15年もして歩行者化も決まり、常設になった節目の年で砂のない風景を作のもいいかもしれないなと思った。

そして、以下が今年の風景。

パリプラージュのセーヌ川のプログラム

 

左岸の風景、道路舗装はそのままで簡単な移動ベンチなどが置かれている、台船公園が係留されている

 

右岸の風景、期間中はパリプラージュのインフォメーションが現れる

 

これらは常設の風景、元車道の脇の水辺部分に遊具や芝生を設置し人の空間を演出

 

コンテナショップで冷えたビールを一杯、子ども用の無料レンタサイクルが期間中は出現

 

ルーブル美術館展示とのコラボ企画、デパート協賛の子どものための無料の風車づくりワークショッププログラム

 

Bassin de La Villette (ラ・ヴィレット貯水池)

セーヌ川ともうひとつのエリアがここ。私は実はこっちの方が好きだ。建物と水辺との距離が近く、プログラムの数も多く、水と直接触れ合える機会が多いのだ。

後ほど紹介するサンマルタン運河の一部で、周辺をぶらぶら歩くのも面白い。楽しいがなぜこれを日本でできないのか悔しくなってくる。

パリプラージュのラ・ヴィレット貯水池のプログラム

 

運河と連続した水面に様々なアクティビティが結集している

 

貯水池をまたぐジップラインには驚き!貯水池の上にプールが設置され準備中

 

子どもが遊べるアトラクションもいくつか

 

大人がダンスできる空間、子どもの遊べる空間も

 

Canal Saint-Martin (サンマルタン運河)

小林正美先生の留学生、アイミさんに案内いただいた。ありがとう!

この運河はかつての物流動線として整備され、1825年に完成。この運河は、ラ・ヴィレット公園~ラ・ヴィレット貯水池~セーヌ川と交わるバスティーユのアルセナル港までつながっていて、途中暗渠になったり、25mの水位差を運航できるように9つのロックゲートがあったりする。運河沿いには再開発が進み、映画館やカフェもある。

 

ラ・ヴィレット公園、途中の廃線橋梁

 

船上レストランを化粧中、右側の道路部分が上に上がり下に船を通す仕掛け

 

ロックゲート、道路の橋が動いて船を通す仕掛けも

周辺には工場が多くかつては治安が悪かったが、今は若者に人気が出ているエリアとなり、おしゃれなカフェやショップができ、若者が水辺にたむろしている。映画のアメリにも登場したらしい。運河沿いに学生や若者が近くのスーパーでワインやアテを買い込みうだうだしている様がほんまに豊か。セーヌよりも全然いい!

 

映画館&レストラン、運河沿いの道路わきのカフェ

 

散歩コースに最適、大きな観光船がロックゲートを通過していく

 

夜になるとどこからともなく若者たちが集まってくる

 

ポワン・エフェメール(Point Ephémère)は人気のアートスポットで展示、コンサート、公開パーティーなどイベントも多彩

 

 

セーヌ川のクルーズ

セーヌのクルーズ。3社代表的な会社があって、今回乗ったのは30分に1本運行で21:30発に乗ったけどまだ明るい。1時間のクルーズで15ユーロでした。600人乗りの船も結構埋まっている。パリも大阪と似ていて水辺でくつろいでいる人たちや橋の上の人たちが手を振ってくれる。いいまちだ!意外とすべての橋がライトアップされているわけでもなく、大阪も結構頑張っているのだと再認識。

 

乗場には観光バスがびっしり、船会社により船着場は異なるが様々なタイプがあり魅力的

 

日本語の解説もあり、結構多くの人が手を振ってくれる

 

シテ島の剣先にもまったりしている人たち多し、船から光を発して対岸や橋を照らすという新しい発想の船

 

屋上席は人気、オルセー美術館の前の階段は特等席

 

セーヌで最も美しいと言われるアレクサンドル3世橋、セーヌから見上げるエッフェル塔もまた最高

 

パリのその他のワンショット。

 

エッフェル塔の中段にある広場空間、セーヌ川沿いに備え付けられている古本屋スペース

 

まだ残る住商共生空間パサージュ、線路の上に建つオーガニックレストラン

 

ふと入ったパン屋さんのバケットサンドがうまい!CARETTEのマカロン

 

モンマルトルのテルトル広場で似顔絵を描くのを見ながら一杯、道沿いで生ガキをシャンパンといただく幸せ

 

本当の魅力や底力を体感するには、もう少し知恵をつけてから再訪したい、そう思えるまちでした。

 

(ひで)

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